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[15]名無しさん(ザコ):2005/07/13(水) 23:40:07 ID:ULfAmHVs
あの家の前を通るたびにカレーのにおいがする。
いつ通ってもカレーのにおいがする。
ただのカレーのにおいじゃない。
すごくうまそうなカレーのにおいだ。
「貧乏だった頃にはよく飯だけ炊いて、あの家の前で食べたもんだ」
 どこかで聞いたようなエピソードの持ち主が、この町にはたくさんいる。
 あの家に住んでいるのは多分八十歳は越えてるだろうじいさんで、カレーのにおいが始まったのはもうずっと昔のことだ。
「三十年くらい前に越してきたらしいよ。それで翌日からもう始まったんだって」
「へええ」
「カレーって煮込めば煮込むほどおいしいって言うじゃん」
「うん」
「あれは多分、五十年くらい煮込んでるね」
「いやいや、多分七十年くらい……親から受け継いでさ」
 そんなことを冗談で言い合いながらも、心の中では全然冗談とは思っていないくらい、あのカレーのにおいはすばらしい。たまらない。
 あの家に住むじいさんは頑固で偏屈で、誰にも心を開かない。ずっとこの町に住んでいるのに、じいさんの声を聞いたことのある人間すら少ない。
「あ、こんにちは」
 挨拶すると、嫌そうな顔でちらっと見る。
「いい天気ですね」
 フンと鼻を鳴らして去ってゆく。
 それでもこの町の人々は、じいさんに笑顔で話しかけるのをやめない。偏屈だが、根はいい人なのだということになっている。みんながじいさんのことを愛していて、じいさんが三日も姿を見せないとなると、たちまち心配して相談が始まる。
「ドアを破って中の様子を見た方がいいんじゃないか」
 そんな時の町の人々の目は何かの期待で輝いているが、それはしかたのないことだと思う。



0ch BBS 2005-06-05