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[643]名無しさん(ザコ):2007/09/17(月) 18:05:16 ID:l7Q7aFto0
テレ朝のワイドショーで、ベストセラーになった「国家の品格」の
著者である 藤原正彦氏と、鳥越俊太郎が対談していた。
その藤原氏が教育論を淡々と語ったのだが・・・「社会なんか現実は嫌な奴だらけなんですよ。
だから分かり合う必要なんかない。全員仲良くなんかできるわけがない。
ただ、"卑怯だけは絶対に許さない"それだけを共通の価値観として徹底させればいい。」
と言う趣旨のことを述べていた。
そして 「強い者が弱い者をいじめるのは卑怯だ、
大勢が一人をよってたかって苛めるのは卑怯だ、男が女を殴るのは卑怯だ、
そう言うことを絶対に許さない。そう言う社会にしないといけない。」このように述べた。一見さも正論なんだけど、私は男性として現実を客観的に俯瞰した時、「男と女が喧嘩して、男が女を殴る」ケース
なんかよりも、「男と女が喧嘩して、女がわざと泣いて見せて被害を強調したり、周りを味方につけて、男が女を少しでも批判しただけで
男が社会的居場所をなくされる」「理屈抜きに最初から男を悪者にして、卑下する結論ありきで、女は無条件に立てて、媚びる」こう言った理不尽・卑怯の方が、遥かに個人の生活においても、論争のパターンとしても見てきた。つまり、「いざとなったら周りが中身関係なく必ず女の味方につくことを知ってて、それを利用して男女でよってたかって立場の弱い一人の男を平気で貶める女」「自分が"弱い女"だから優遇されていることを平時から感謝もせず当たり前と思い、男に対して、自分が出来もしないことを"男のくせに"と平気で要求したり、男がそれを出来ないことを小馬鹿にし罵倒する女」これらも「卑怯だ」と同時に言わないことに、「とりあえず男を悪者にして正義を語る」バカマッチョの卑怯さを感じた。
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